認知的不協和に見る負の感情の厄介さ
心理学用語に、「認知的不協和」というものがあります。
これは主観と事実の認識に矛盾が出ると、事実の認識を自分の都合のいいように変更してしまうことを意味しています。
イソップ物語で、ブドウを食べられなかったキツネがそれは酸っぱかったはずだとあえて〝事実誤認〟することで自己防衛に走るようなものです。
このように、負の感情というものは〝面倒で厄介〟な代物なのです。
心理学用語に、「認知的不協和」というものがあります。
これは主観と事実の認識に矛盾が出ると、事実の認識を自分の都合のいいように変更してしまうことを意味しています。
イソップ物語で、ブドウを食べられなかったキツネがそれは酸っぱかったはずだとあえて〝事実誤認〟することで自己防衛に走るようなものです。
このように、負の感情というものは〝面倒で厄介〟な代物なのです。
八丁堀のオッサン
八丁堀に住む、ふつうのオッサン。早稲田大学政治経済学部中退。貿易商社勤務のあと雑誌編集者、『月刊文芸春秋』、『週刊ポスト』記者を経て、現在jジャーナリストとして文字媒体を中心に活動。いろいろな面で同調圧力 にとらわれ、なにかと〝かぶく〟ことが少なくなっているニッポンの風潮が心配。
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