ある日、足元の野草から声援をもらった

  聖書で神の愛を説くイエスは、よく信者に「野の花を見よ」と呼びかけていたとされています。 「今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる」  

 季節を先取りしたような陽気に誘われ近所の公園へ足を運ぶと、「お花見宴会自粛のお願い」の看板がかかるサクラが三分咲きといった感じでした。その根元に、野草が赤紫色の小さな花を点々と咲かせていました。たぶん野草はヒメオドリコソウで、関東では3月から咲きだしてミツバチを招くといわれています。  

 ふと目を転じると、その辺りだけ日が差し込んだような一角にオオイヌノフグが水色に澄んだ小さな花をさかせていました。これが群がって咲く様は、土気色の空間に明るい青空が広がるようでした。それぞれヨーロッパやコーカサス山脈が原産で、明治以降に日本に入ってきています。  

 この時期に咲くナズナやタンポポなどの可憐な姿を見るたびに、自然の造形の妙や生命力の強さを感じます。  

 新型コロナウイルスとの戦いの戦線は広がり、出口の見えない経済の苦境がまだ続きそうです。しかし、白旗は上げられません。野の草のごとく厳しい寒さに耐え、踏まれても再び芽を伸ばし、花を咲かせねばならないでしょう。  

 人には、とりあえず知恵や勇気があります。宴会自粛で枝を見上げる機会が少なくなりそうな春ですが、まず足元の野草から声援をもらった気がしました。

  

八丁堀のオッサン

八丁堀に住む、ふつうのオッサン。早稲田大学政治経済学部中退。貿易商社勤務のあと雑誌編集者、『月刊文芸春秋』、『週刊ポスト』記者を経て、現在jジャーナリストとして文字媒体を中心に活動。いろいろな面で同調圧力 にとらわれ、なにかと〝かぶく〟ことが少なくなっているニッポンの風潮が心配。

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