ウルトラマンの原点は悲しい

 テレビ番組「ウルトラセブン」「帰ってきたウルトラマン」などの脚本家、上原正三さんが82歳で亡くなった。上原さんは1000本を超える作品を書き、昭和の怪獣少年たちの心に影響を与えている。1955年、沖縄から上京した。当時、沖縄出身と口にすると、怪訝な顔をする人もいた時代だった。 

「沖縄には土人もいるのでしょうね」  

 上原さんは、こう答えている。 

「僕も土人です」  

 ウルトラマンは怪獣物でありながら、上原さんが描いていたのは自身も味わってきた偏見や差別への怒りと悲しみだった。日ごろ、こう語っていたという。 

「正義のヒーローより地べたから見上げる怪獣や世をすねた怪人に共感を抱いていた」  

 作品では怪獣や宇宙人にもそれぞれ事情があることを描き、観る子どもたちをハッとさせていた。もちろん、マイノリティーへの深い理解と愛情が作品に重厚さを加えていた。

 たとえばトーク星人が登場する作品では、トーク星人が髪の毛が赤いという理由だけで地球人に迫害されている。ウルトラセブンの作品のなかで「300年間の復讐」は、何らかの〝圧力〟によってボツになった。 

「憎しみがトークを鬼にしました。愛して許すことがトークを本当の姿に戻したのです」  

 ひし美ゆり子さんが演じていたウルトラセブンのアンヌ隊員の最後のセリフが、やはり上原作品の原点だったのだろう。

 

八丁堀のオッサン

八丁堀に住む、ふつうのオッサン。早稲田大学政治経済学部中退。貿易商社勤務のあと雑誌編集者、『月刊文芸春秋』、『週刊ポスト』記者を経て、現在jジャーナリストとして文字媒体を中心に活動。いろいろな面で同調圧力 にとらわれ、なにかと〝かぶく〟ことが少なくなっているニッポンの風潮が心配。

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