タレント集団「EXILE」は非エリート層に支持されている
版画家でコラムニストだったナンシー関氏は、「日本人の5割はヤンキーだ」と言っています。それはニューヨーカー的なヤンキーではなく、だれもがすぐにイメージできる日本的なヤンキーのほうです。
日本的なヤンキーは地元意識がやたらと強く、考え方の基本として仲間内の論理を何よりも優先します。マイルドな反知性主義で、自分の社会的な位置についてほとんど関心がありません。日ごろ連れ立っている仲間から四面楚歌になることを恐れ、仲間と違ったことができずに集団で行動するといった同質性があります。
そうした日本的なヤンキーとは、そもそも何者なのでしょうか?
一般的なイメージは、「ダボダボのズボンを穿き、何かと唾を吐きながらコンビニの前や盛り場にたむろしている」といったものでしょう。よく目にするズボンをずり下げた特有の格好は反学校のシンボルで、教師や生徒への威嚇や脅しのツールにもなっています。
ただ、ズボンをずり下げるのはアメリカの囚人の格好です。アメリカの刑務所では、首吊りなどの自殺防止のために囚人にはベルトが支給されないという実態があります。そこで囚人は、ズボンをずり下げたまま着用しているのです。知ってか知らずか、日本的なヤンキーはそれをマネしているということです。
日本的なヤンキーは、とにかく物事をいろいろと沈思黙考しません。日ごろ言動が何かと常識外れで、体を張ってまで社会のルールや道徳、常識などから外れようと突っ張っています。感情の赴くままにバイオレンスやエロスを剥き出しにして、大好きな「気合い」というノリで生きています。
そうした突っ張りで得たものは、極めて庶民的な恋愛や家族愛、絆といった保守的な人間関係です。 女優の深田恭子さんが主演した映画『下妻物語』には、そうしたことが象徴的に描かれています。
深田さんが演じるゴスロリ少女は、日本的なヤンキーのダチを助けようとして啖呵を切ります。いきなりのヤンキー気質に、深く考えない日本的なヤンキーは胸のすく思いをするのです。
ゴスロリとはファッションのジャンルの一つで、リボンやフリルを多用し、トータルな色調を黒や紫などで暗めにコーディネートしたものです。その特徴は、毒気のあるシュールなカワイイを前面に押し出しているところにあります。
タレント集団「EXILE」には、男らしさや仲間、礼儀といった日本的なヤンキーの匂いが色濃く感じられます。
日本的なヤンキーの世界では、仲間との絆が何よりも大事です。それを体現しているのが、まさにタレント集団「EXILE」です。そのメンバーは礼儀正しく、何かと先輩を立てます。
日本的なヤンキー気質を体現した男らしさもあり、どちらかと言うと非エリート層に支持されています。世に中、非エリート層の数が圧倒的に多いわけで、エンターテインメント業界のビジネスモデルとしては完成形に近いものがあります。
歴史書『古事記』にも、日本的なヤンキー気質の生き様が書き記されています。それを読むと、原初的な何かに触れたような気にもなります。そうした日本的なヤンキー気質は、日本文化の最深部で今までずっと引き継がれてきたのかもしれません。
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