若者のマイルドな〝セカイ観〟が分断を阻止する

　さて、セカイの終わり――。

　日本でも、ドイツの若手哲学者が書いた「なぜ世界は存在しないのか」という本が売れているといいます。この本に、驚くようなことは書かれていません。 　

　説かれているのは、世の中には多様なものの見え方やあり方そのものが実在し、そのすべてを包み込む世界と呼ばれるような意味が存在するのではないということです。 　

　科学や経済学は、誰も知らないはずの全体があると想定し、数字と論理で空白を埋める営みです。それではうまくいかないと誰もが疑う今、こうした不安に答えようとした哲学が読者を引き付けているのでしょう。 　

　日本には、若者が生み出した「セカイ系」という造語があります。これは超能力少女や巨大ロボットが、セカイの存亡を懸けて戦うアニメやゲーム、音楽などのサブカルチャーを指しています。実際、バンド「ＳＥＫＡＩ　ＮＯ　ＯＷＡＲＩ」や映画「君の名は。」などが人気です。 　

　社会や歴史の文脈を飛ばして一気にセカイへ結びつける歌や物語は幻想的ですが、科学的な思考の外枠だけをまとっているだけだということは否定できません。ただ、それを楽しむのも現代社会の感性でしょう。 　

　世界は存在しないと言われても、不安は薄らぐどころか増すばかりです。プーチン大統領が君臨するロシアを初め各国に強権指導者が台頭し、民衆の支持で在任期間は長引く一方です。いずれも自国第一主義を掲げ、路線を巡って各国内に敵か味方かの分断が生じています。それは国境を越え、世界の分断へと繋がっていきます。 　

　全体がなければ、分断もありません。分断の政治は、世界や国家が実在するという楽観を前提にしています。敵と味方がそれぞれ民衆の支持を取り付け合う時代、分断を解く力は民主主義に備わっているのか疑問です。 　

　ともかく、若者のマイルドな〝セカイ観〟が分断を阻止することを期待しましょう。