コロナ禍の「巣ごもり」は実のあるものにしたい


 戦前の物理学者で、随筆家、俳人でもあった寺田寅彦さんは、縁側で見つけた「浅草紙」に世の中の因果の複雑さを見て取っています。

「どれほどの複雑な世相が纏綿(てんめん)していたか」

 纏綿とは、からみつくこと、複雑に入り組んでいることという意味です。

 浅草紙の原料は古紙で、帯紙やチラシなど多彩な紙片がすき込まれています。くず紙を一度水につけて再びすく「すき返し」は、熟練の技術です。

 寺田さんは、そこに人の精神の創作過程との類似を見い出しています。それは、いかにして集めたものをこなして不浄なものを洗うかということです。

 落とし紙や鼻紙に使われた浅草紙は今の東浅草などがある山谷辺りで多く作られ、その技術は浅草のりの製造にも生かされたといいます。

 古紙を水に24時間ひたすなど根気のいる作業ですが、時間をかけたからこそ実現した再生の技だったのです。

 コロナ禍の今、緊急事態宣言で外出もはばかられるご時世です。

 代わって

「巣ごもり」需要が堅調で、調理や家庭菜園に精を出したり、動画配信サービスを楽しんだり、趣味や資格など新たな分野に挑戦する人も少なくないといいます。

 浅草紙の製造過程では、古紙を水につける作業は「冷やかし」と呼ばれています。

 その間、暇を持て余す職人衆は近所の遊郭「吉原」で時間をつぶしたといいますが、肝心の遊ぶお金が足りません。

 花魁たちは、ただ遊女を眺めて楽しむ職人衆に対してこうあしらっていたといいいます。

「また冷やかしが来やがった」

 コロナ禍の「巣ごもり」は、実のあるものにしたいものです。

八丁堀のオッサン

八丁堀に住む、ふつうのオッサン。早稲田大学政治経済学部中退。貿易商社勤務のあと雑誌編集者、『月刊文芸春秋』、『週刊ポスト』記者を経て、現在jジャーナリストとして文字媒体を中心に活動。いろいろな面で同調圧力 にとらわれ、なにかと〝かぶく〟ことが少なくなっているニッポンの風潮が心配。

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