菅首相には〝叩き上げ首相〟の謙虚さがほしい
「たたき上げ」とは、広辞苑を見るとこう説明されています。
「下積みの時代から鍛えられ、苦労を重ねて一人前になること」
菅首相は、この言葉を好んで使っています。
自民党総裁選から首相選出にかけて、みずから〝たたき上げ〟の経歴を率直に語っっています。
「雪深い秋田で農家の長男に生まれ」に始まり、高校を卒業して上京後、段ボール工場で働き、国会議員の秘書になったことを明かしています。
政治家を目指した理由についても、
「この世の中には、おかしいなと思うことがたくさんある。そういう問題を解決できるのは、政治だと思った」と述べています。
飾り気のない言葉で、それなりに説得力があります。
ただ、そこから「自助」「共助」「公助」の順で政治理念を持ち出されると、「?」となってしまいます。
下積みで苦労した〝たたき上げ〟であるのなら、もっと社会的な弱者に寄り添う姿勢を示せるはずです。
しかし、なぜ「まず自分でやってみる」の自助が最優先なのでしょう。
コロナ禍の感染拡大で非正規労働者など弱い立場の人たちにしわ寄せがおよんでいる渦中だけに、もどかしい思いが募ります。
菅首相も、棚ぼた式に手にした政治権力を〝どう使うべきか〟という機微を謙虚な気持ちで心得た政治家であってほしいものです。
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