影をなくした男

 詩人で、植物学者でもあったロマン派の作家アーデルベルト・フォン・シャミッソーの作品に「影をなくした男」がある。  

 主人公は、奇妙なデザインの灰色の服を着た男から「どんな錠前でも開けられる鍵」「使っても戻ってくる不思議な金貨」「広げれば食べたい料理が出てくるナプキン」「望みをかなえる魔法の草」などどれでも貰える約束を交わしていたが、「金貨がどんどん出てくる幸運の金袋」を選んだ。  

 その対価は、灰色の服の男に自分の影を譲り渡すことである。主人公は灰色の服の男に影を持ち去られ、すぐに影がないと人間あつかいされないことに気づいて後悔する。灰色の男の正体は悪魔で、狙いは人の魂だった。  

 物語では、影は魔法の金袋と交換されている。これを今の時代に例えると、ネットで魔法のようなサービスを利用するうちに自分の「影」、つまり個人情報を譲り渡していることがあるのと同様のことだろう。今は勝手に売買された自分の影が、あちこちでうろつく時代である。

 

八丁堀のオッサン

八丁堀に住む、ふつうのオッサン。早稲田大学政治経済学部中退。貿易商社勤務のあと雑誌編集者、『月刊文芸春秋』、『週刊ポスト』記者を経て、現在jジャーナリストとして文字媒体を中心に活動。いろいろな面で同調圧力 にとらわれ、なにかと〝かぶく〟ことが少なくなっているニッポンの風潮が心配。

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