ネット社会の〝神隠し〟

  かつて、子どもや女性が忽然と失踪する〝神隠し〟は〝天狗の仕業〟と言われていました。また人を喰う鬼の仕業ともされていましたが、こちらは〝失踪者〟の無事を願う肉親が「僧の姿をした〝天狗〟なら犯行に手を染めないだろう」という期待や思いから犯人を天狗にしたかったようです。  

  民俗学者の柳田国男は、そんな肉親の情をこう推察しています。 

「別離を悲しむ人々の情からいえば、どこかの谷陰に活きて時節を待っているものと想像してみずにはいられなかった」  

  里人にとって、山中は天狗が棲む〝異界〟と考えられていたのです。  能の「隅田川」は、京の都で〝人買い〟にさらわれた我が子を探し求めて東国へと下った母親の物語です。彼女は心配と焦燥から心のバランスを失い、手にササの枝を持って登場します。川の渡守とのやりとりは、子どもを思う母親の気持ちが切々と伝わってきて心を打ちます。  

  だが、現実には歪んだ欲望や悪意が待ち受けるケースが少なくありません。実際、今年11月17日から行方不明だった大阪市の12歳の女児が23日、栃木県内で無事保護されました。母親は再会した愛娘と強く抱き合い、号泣したといいます。押し潰されそうな不安から解放された安堵のほどいかばかりだったでしょう。  

  警察は35歳の男を誘拐容疑で逮捕して調べを進めていますが、この事件での〝重要な小道具〟がSNS(交流サイト)でした。今日、人を拐かす〝魔〟は山ではなく、スマホやパソコンから繋がる〝ネットの異界〟に潜んでいるのです。  

  少年少女が歩む大人への道には、いくつもの枝分かれや行き止まりがあります。今回、女児と男はSNSで知り合ったようです。日常で〝生きづらさ〟を抱える若者たちはネットを通じて、家庭や学校、地域以外の見知らぬ人との交流を選ぶ傾向があります。周囲から規定された自分を解放し、〝本当の自分〟を素のままに出せるような気がするからでしょう。  

  ネット時代になり、こうした端末を指先で触ることで未知の誰かに助けを求める層が増えていくでしょう。

  

八丁堀のオッサン

八丁堀に住む、ふつうのオッサン。早稲田大学政治経済学部中退。貿易商社勤務のあと雑誌編集者、『月刊文芸春秋』、『週刊ポスト』記者を経て、現在jジャーナリストとして文字媒体を中心に活動。いろいろな面で同調圧力 にとらわれ、なにかと〝かぶく〟ことが少なくなっているニッポンの風潮が心配。

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