沖縄は宝の島だった
さて、宝の島――。
財貨をめぐる漢字の部首が「貝」なのは、古代中国の殷王朝がタカラガイ科の巻き貝である子安貝を貨幣にしたためだといいます。この美しい貝殻は中国からインド、アフリカにかけての広い地域で貨幣にされています。
その産地で名高いのはインド洋のモルディブですが、民俗学者の柳田国男は沖縄も世界的にまれな産地だったと「海上の道」に記しています。子安貝が世界的に通用する貨幣の元祖だったとすると、沖縄はまさに宝の島だったことになります。
さて、宝の島――。
財貨をめぐる漢字の部首が「貝」なのは、古代中国の殷王朝がタカラガイ科の巻き貝である子安貝を貨幣にしたためだといいます。この美しい貝殻は中国からインド、アフリカにかけての広い地域で貨幣にされています。
その産地で名高いのはインド洋のモルディブですが、民俗学者の柳田国男は沖縄も世界的にまれな産地だったと「海上の道」に記しています。子安貝が世界的に通用する貨幣の元祖だったとすると、沖縄はまさに宝の島だったことになります。
八丁堀のオッサン
八丁堀に住む、ふつうのオッサン。早稲田大学政治経済学部中退。貿易商社勤務のあと雑誌編集者、『月刊文芸春秋』、『週刊ポスト』記者を経て、現在jジャーナリストとして文字媒体を中心に活動。いろいろな面で同調圧力 にとらわれ、なにかと〝かぶく〟ことが少なくなっているニッポンの風潮が心配。
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