自己啓発のルーツは宗教

 アメリカの書店には、「セルフヘルプ」の棚があります。日本では、自己啓発本の棚ということになります。

 ただ、日米では様子が少し違っています。自己啓発本は日本ではビジネス書の一分野ですが、アメリカのそれは宗教、スピリチュアルに属するものなのです。

 いわゆる自己啓発書の多くは、ナポレオン・ヒルの「思考するだけで夢は実現する」という考え方がルーツ。

 ナポレオン・ヒルは、アメリカの著作家。成功哲学の祖とも言われ、著書『思考は現実化する』(Think and Grow Rich)が世界的に有名です。

 新聞記者として1908年、鉄鋼王アンドリュー・カーネギーにインタビューをしたことをきっかけに、カーネギーからこう依頼されます。

 「20年間無償で、成功者500名以上の研究をして成功哲学を体系化してくれないか」 

 ヒルは、即答します。

「やらせてください」

  その後20年間、苦悩しながら成功哲学を研究し、約束通り1928年年に『思考は現実化する』を執筆したのです。それは、全世界で7000万部という大ベストセラーになっています。

 ヒルはウッドロウ・ウィルソン大統領の補佐官、フランクリン・ルーズベルト大統領の顧問官も務めています。1970年、87歳で死去。 

 この手の本は「あなたの人生がうまくいかないのは、努力が足りないからではない。成功のヒケツを知らないから」と説きます。

 そのヒケツは「成功する」「自分は変わる」と念じるだけでOKというもので一切、努力は無用なので都合がいいのです。

 自己啓発の背景には、禁欲的なカルヴァン派の教えへの反発として19世紀末に生まれたニューソートという現世での成功追求を戒める民間信仰の主張があります。

 プロテスタント教会は当初、セルフヘルプ(自己啓発)の原型となったニューソートの教義を認めていません。現世利益と幸福追求を謳うニューソートは、プロテスタント教会から異端視されていたのです。

 その後、プロテスタント教会は信者獲得のためにニューソートの教義を容認して新規信者を獲得していきます。

 つまり、自己啓発のルーツは宗教というわけ。

 プロテスタント教会の「お墨付き」を得た自己啓発は、やがてアメリカで大ブームを巻き起こしていきます。

 アメリカのセルフヘルプは、成功するために努力は必要ないと説いています。成功や幸せを手に入れるためには、それを願うだけでいいと謳うのです。

 逆に、それを疑えば成功や幸せは去っていくと説いています。そうした手軽さが、広く受け入れられている背景だと考えられます。

 この手の自己啓発本は、アメリカでは1990年代半ば以降の中産階級の没落、経済的な格差拡大とともに再び注目を浴びています。日本でもアメリカ式のセルフヘルプが流行っていますが、それは経済格差が広がっていることの表れかもしれません。

 日本版の自己啓発書はアメリカからセルフヘルプという思考法を輸入する際に、努力は大事という日本的な考え方にアレンジされ、一手間加えて「がんばれ」と努力の必要性も説いています。

 ミリオンセラーとなった近藤麻理恵さんの本『人生がときめく片づけの魔法』も、モノを片づけるだけで「意識」が変わり「人生全般」が好転すると説いています。

 努力をしないでも大丈夫のはずの自己啓発が、日本では「片づける」という努力要素が一手間加えられています。 

 それは、万物に神が宿るという日本人の宗教観とうまく結びついています。つまり、日本人にとって「片づけ」は祈りに値する宗教的行為なのです。

 この手の本がヒットする理由が、少しは見えてきたでしょうか? 

八丁堀のオッサン

八丁堀に住む、ふつうのオッサン。早稲田大学政治経済学部中退。貿易商社勤務のあと雑誌編集者、『月刊文芸春秋』、『週刊ポスト』記者を経て、現在jジャーナリストとして文字媒体を中心に活動。いろいろな面で同調圧力 にとらわれ、なにかと〝かぶく〟ことが少なくなっているニッポンの風潮が心配。

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