日本語のスピリチュアルに欠けているもの

 英語のスピリチュアル(Spiritual)は、ラテン語の「Spiritus」に由来するキリスト教の用語。神の、精霊の、魂の、精神の、教会の、超自然的な、神聖なといったことを意味しています。

 日本では近年、スピリチュアルという言葉をよく耳にします。ただ、日本で使われているスピリチュアルの意味は、本来の意味とはかなりかけ離れています。

 スピリチュアルという言葉の本来の意味で、大事なのは「霊的であること」です。

 キリスト教では、人は「心(Mind)」と「身体(Body)」と「スピリット(Spirit)」から形づくられていると教えられます。 

 神が最初に人に吹き込む息の中にあるものがスピリットで、人の存在を根底から支えている生命の根源。一言で言うなら、「生気」そのものです。

 キリスト教の信者は身の回りに悪いことが起こると「神のご加護がありますように」と祈り、良いことがあると神に感謝します。 

 生活の中に神がいて、洗礼を受け、食前に神に感謝の祈りを捧げます。日ごろ神に守られているという思いがあり、いつも傍らに神がいるという感覚で生きています。

 日本で使われているスピリチュアルには、そこが決定的に欠落しています。

八丁堀のオッサン

八丁堀に住む、ふつうのオッサン。早稲田大学政治経済学部中退。貿易商社勤務のあと雑誌編集者、『月刊文芸春秋』、『週刊ポスト』記者を経て、現在jジャーナリストとして文字媒体を中心に活動。いろいろな面で同調圧力 にとらわれ、なにかと〝かぶく〟ことが少なくなっているニッポンの風潮が心配。

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