憲法の役割は政府の暴走を抑えること


 2012年にまとめられた自民党の改憲草案と現行憲法を比較すると、自民党案では「個人」という言葉が「人」に変えられています。

 さらに、現行の「拷問を絶対に禁止する」という条文から「絶対に」という文言が消されています。

 この〝意図的な改変〟は緊急事態条項も含めて国民主権を弱体化させ、基本的人権を制限しやすくすることに繋がるものです。

 本来、憲法の役割は政府の暴走を抑えることです。しかし、自民党草案は〝時の政権〟が国民の暴走を〝都合〟のいいように抑えることができるようになっています。

 これでは、人間的な理念がゼロの草案と言わざるを得ないでしょう。

 ナチス政権当時、ドイツではかなりの人たちが〝消極的〟にヒトラー政権を支持していたといいます。

 今の日本でも、国民が傍観者的に安倍前政権をとらえ、それが〝安倍1強政権〟を延命させてきたところがあります。

 つまり、そうした人たちに自分たちが主権者であるという気持ちが希薄だったのです。  

 政治の傍観者であることに慣らされてしまっているところは、当時のナチス時代のドイツと〝政治的な空気〟が似ているのかもしれません。

八丁堀のオッサン

八丁堀に住む、ふつうのオッサン。早稲田大学政治経済学部中退。貿易商社勤務のあと雑誌編集者、『月刊文芸春秋』、『週刊ポスト』記者を経て、現在jジャーナリストとして文字媒体を中心に活動。いろいろな面で同調圧力 にとらわれ、なにかと〝かぶく〟ことが少なくなっているニッポンの風潮が心配。

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